今年は秋が深まるのがとても早く感じられます。
紅葉に輝く街路樹が赤や黄に色付き
大変に綺麗に感じます。
野菜は順調な集荷が続き
生産者の方には申し訳ありませんが
随分安値傾向で販売ができました。
安倍総理が消費税引き上げを
断念し衆議院の総選挙を行うと発表しました。
私としては好況感の薄い今、
消費税の引き上げは難しいと感じておりましたので
大変に結構なことだと思います。
しかし、約束である1票の格差是正をする前に
また選挙をするという事は納得できません。
政治家自身が痛みを感じず
国民だけに負担を強いるのは如何なものか?
と感じているのは私だけでは無いと思います。
11月17日午前8時7分に創業者である
石橋勇が逝去しました。
生前には皆に大変なご指導ご鞭撻をいただきまして
心より感謝を申し上げます。
また、沢山の皆さんに会葬を頂きましたこと
お礼を申し上げます。
生前に「11月19日が俺の命日だ」と言っていました。
それが17日の朝何の前触れもなく息を引き取りました。
告別式の日取りを決めるとその日は休市日。
また、初七日、ふた七日も日曜日です。
会長は日程まで気を使って逝ってしまったのだと感じずにはいられません。
当社は昭和41年11月に石橋商店として創業しました。
以前にも紹介した事がありますが、
開店してから14年後、昭和55年11月のエコノミックジャーナルという雑誌に
石橋青果の記事が載っています。
「親切・丁寧・敏速がモットー」にお客様と接する事が
大切であると会長は、その記事で述べています。
また、大変その記事が感慨深いのは、
松本さんや佐藤さんが働いたことが書かれており、
改めて、松本さん佐藤さんが石橋青果の土台を
作ってくれたのだと言う事を感じさせてくれました。
また、会長の長女・私の愚妻が高校2年生であり、
この本が世に出回っていた時には同じクラスで
私と学んでいたと言う事と共に、
その時に会長は長男の隆さんに石橋青果を
継いでもらいたいと記している事に、
大変な愛情を感じます。
前職は、丸協青果でアンコウ(セリ人)をしていた会長は、
創業してからも丸協のアンコウが荷物を売れ残すと
可哀そうで買ってしまったというエピソードは、
相手を思いやる会長の人柄を現わしていると感じます。
石橋青果を平成8年に会社を私に譲った事は
皆さんの承知の事だと思いますが、
普通、創業社長と言うのは大変な一刻者であり
創業者は後継者に対して何かと経営に口を出し、
自分の時に良かった事を押し付けるものです。
しかし、会長は一刻者ではありますが
私に対して経営方針を強制した事は、
全くありませんでした。
放任と言う事ではなく、
相談をすればアドバイスはしてくれます。
毎日市場にきて見守って頂いていたのだと、
今思うと中々できる事ではないなと
会長の器の大きさを感じるばかりです。
私自身、商売のイロハは、
佐藤さんから教えてもらった事が多いのですが、
人生の生き方・楽しみ方、人との接し方は会長から
沢山学びました。
いただいたものを返す、
そんな生き方だったと思います。
ですから、老人会での歌手活動や
地域の方への奉仕活動を積極的に
やっていたのだと思います。
町内の方が遅くまで通夜式に足を運んでくれたのは、
その証であったと感じます。
残された石橋青果の私達は「親切・丁寧・敏速」という
会長の理念をしっかり受継ぎ
お得意様に儲けて頂ける商品を提供し続けて参ります。
毎日を大切に積重ねてゆき、
石橋青果は世の中に必要とされる会社であり続けます。
創業者石橋勇会長、49年間石橋青果を作り続けて
頂き本当にありがとうございました。
また、82年の人生、お疲れ様でした。