21世紀に戦車がそしてロケットが実際に使われる戦争が起こるとはだれも予測しなかったと思います。また、長期戦の様相を呈しており心が痛むばかりです。ロシアもウクライナもどちらも主張がありますがお互いが話合いで解決の道を作って欲しいものです。第3次世界大戦への拡大や核兵器・生物兵器の使用などがないことを祈りつつ、プロタガンダとは本当に恐ろしいものだと感じています。
GW前は入荷が安定していたため、玉ねぎジャガイモ以外は安定した価格で取引がされていました。しかし、GW明けから産地が変わり始めてネギ、キャベツ等徐々に相場高になっています。食品の値上げラッシュで青果の値上げは話題にはなりませんが、家計への負担は相当の物になります。節約志向は経済が縮むことにつながりますので何とか良き経済循環が生まれて欲しいものです。
流石に2年半のコロナ禍で習慣が変わり、飲み屋のはしごをする人は皆無のようで居酒屋業態の売上は中々アップしてこない状況です。しかし、蔓延防止があけて何とか当社も通常の売上が見えてきました。売り先があるということは本当に有難いです。ふと、私が市場で豆を売り出したことを思い出しました。私が販売をし始めた頃の石橋青果の社員数はアルバイトを含めて12名位だったと思います。佐藤取締役がトップセールスとして活躍をしていて、八百屋さんが今の10倍は場内にいました。そんなに八百屋さんが居ても新参者の豆屋に買いに来てくれる人は皆無です。最初に仕入した4ケースのインゲンを売るのに大変苦労した事を忘れることが出来ません。先輩販売者のそばで八百屋さんに声を掛けるのですが中々自分のお客さんになってはくれません。現場では大長さん、丸進さんが山の様な荷物をどんどん売り捌いているのを見て悔しくて仕方がなく、あの人この人に声を掛けて買ってもらう努力をしていました。当時佐藤さんは絶好調であり荷物も潤沢に揃え八百屋さんが集まってくる状態でした。当時血の気の多い八百屋さんも多く荷物のあるなしでもめることも多々ありました。そんな時に佐藤さんはあんな奴にもう売ってやらん。と・・・。でも、その八百屋さんに買って欲しくて仕方がなかった私。お客さんがいないということは仕入もできません。商品が少なくなれば荷受けも仕入もさせてもらえないという状況でした。お客さんが毎日買ってくれるだけで本当に有難いと思います。実はそんな思いからもう20年も前になりますが毎日買ってくれるお客さんを求めて、飲食店の方への販売を思い立ちました。外食事業部のはじまりです。皆さんの頑張りのお陰で外食事業部も売上も事業規模も大きく成長するに至りました。その外食がこのコロナ禍でまさかの坂を転げ落ち、売上が半分以下になる月もありました。Withコロナに政府が舵を切りこのGWはまずますの売上となりました。売り先があるということは本当に有難い。
現在新規事業を当社の3本目の柱に育てたいと考えています。採用が上手くいっていなことで社員の皆さんに大変に苦労を掛けて大変に申し訳ありません。新規事業は自社で値入ができる事業であり、市場事業部からの仕入れをする八百屋としてはこれから大きく発展をさせます。