五月と言うのは本当に気持ちがいい気候です。
また、今年の五月は晴天が多かった様に感じます。
遅れ遅れになっていた作物が潤沢に出てくることを心より願うばかりです。
研修で熊本へ行ってまいりました。
この日程は、すでに年間計画で決まっており
地震が起きた4月16日以降研修を開催するか、しないかで
研修会の幹事役は大変に気を揉んだと思います。
今回研修地である熊本大同青果社長の月田氏は、
「一ヵ月すれば熊本はある程度落ち着くはず、その時期には皆さんが熊本に来てもらうことの方が
活気につながるから中止ではなく迷惑がかかると思うが開催しましょう。」
と・・・。
その力強い思いが研修会のメンバーに思いが伝わり大変良い会になりました。
その一つに私自身、危機管理の中で地震に対する考え方は100年に1度の事だから
準備をしておく必要は余りないということを考えていました。
しかし、月田社長から地震当日の話を聞かせていただき
自分の考え方は間違っていたということに気が付きました。
100年に一度いわゆる1%の確率で地震は来るのだから
それに対してしっかりと対策をすることが必要なのだと言うことです。
対策と言うことはコストをかけるということではありません。
月田社長から社員の安否を確認するのにラインで1時間かかったとのこと。
ラインの無い当社は一体何時間かかるのだろう?と考えてぞっとしました。
少なくとも緊急連絡網を作り機能するようにしておくことが必要だと感じるのです。
今までは大きな問題にならなかっただけで、地震だけではなく台風や大雪の時にすら出社できる、
できないなどの情報が共有できてないのが現状です。
危機管理に対して考え方を代える必要がありますね。
ロッカーが倒れない様にするなどという身近な所から皆で考えてゆきましょう。
当日熊本空港から市内に入る通称空港線と呼ばれる道路は、
全く通行に問題はなく周りの建物にも被害が見当たりませんでした。
しかし、右手を見ていると屋根をブルーシートに覆われた建物が見えます。
空港線が余りにもスムーズなので市内に入る時はマスコミが騒ぎ過ぎなのかなと感じる程度でした。
月田社長に話を聞き、また、市内の一部で倒壊した家屋を見つけ、
自分の目で確かめないといけないと感じ、帰りは益城町の被害が大きいと聞いた地域を通り帰ることにしました。
自分が今まで体験した地震は横揺れであり被害がでればそれなりに広域に渡り
同じような被害になるというのが経験上の知識でした。
直下型地震、すなわち縦揺れの地震は、全く自分が知るそれと違うことを認識しました。
宿に泊まった時に2回地震があったのですが、それは机を叩くような振動であり、
ゆらゆらと揺れるという感じではありませんでした。
これが縦揺れの特徴なのでしょう。
益城町と言う看板が見えたころから一階部分が壊れた家屋が現れ始めました。
益城町がそんなに大きな町であるとは思いえませんが
益城町の中でも被害の大きな地域とそうでない地域で全く違うのです。
断層に沿った1Kmでしょうか?
その範囲は戦争映画でも見ているように建物が壊れています。
危険と書かれた赤紙が貼られています。
そして、道路が至る所で隆起してその補修をした跡が見えます。
現地を体感し、住む人たちの悲痛な思いが自らの体に刻まれた気がします。
熊本で出会った人たちは、みんな明るく親切に接してくれました。
外からですが益城の人たちが元気に見えました。
でも、震災により心身ともに大変な思いをされているのだろうと感じずにはいられません。
心よりお見舞いを申し上げると共に早い復興を祈るばかりです。
当社ができることは、適正な販売でしっかりと納税をすることが
長い期間に渡りお役立てになるのだろうと考えます。
よ~し!頑張るぞ。